武州ゼミナールからの通信
by bushu-semi


武州通信第162号(2008・9/15)

 陽の力も弱まり、蝉の声も何となく心細げに聞こえます。
 帰宅の道すがら、思わず広がる虫の集(すだ)きに 白秋の声を聞く。夜の帳(とばり)が降りると、選手交代とばかりに“リーリー”“ジジジー”とちょっぴり切ない歌声が…。なにやら寂しい秋の入り口です。

《裁判員制度って何?》の巻

 来年の5月21日、いよいよ『裁判員制度』が始まるんですよね。もし裁判員に選ばれたらどうしよう? そうなったら困るなぁ! そんな不安を少しでも和らげようと、今回(9月13日)の『オアシス武州』は、知人の弁護士・石井小夜子さんにお願いしたのです。

 最高裁判所の小冊子には、「裁判員制度は、国民の中から選ばれた6人の裁判員が刑事裁判に参加し、3人の裁判官とともに、被告人が有罪か無罪かどうか、有罪の場合、どのような刑にするのかを決める制度です」と。また、どうやら「裁判員6人と補充裁判員2人」は、有権者の中から1年間で約4160人に1人の確率で“くじ”で選ばれるらしいのです。しかも、もし質問票に嘘を記載したり、呼び出しに応じなければ、なんと過料か罰金刑が科せられます。それに、地方裁判所の第一審だけだとはいうものの、対象事件は殺人や強盗致死罪などの重大事件のみであり、死刑や無期懲役などの量刑を3人の裁判官と6人の裁判員の“多数決”で決める、とも言います。うーん、裁判官が一緒だとはいえ、何と恐ろしいことを…。そうそう、その上、永遠の守秘義務も課されているのです。ところで、この制度一体何のためにできたのかな? その小冊子によると「(刑事司法の運営に)国民の関心が一層高まる」ことや「国民の良識を裁判の内容や手続きに反映させる」ことが趣旨だ、と。こんな安易な目的で、嫌がる国民を巻き込み、1年間に32億円もかけて始める意味があるのかな? 石井さんは「弁護士会でも裁判員制度に反対の人が多い」と語ります。

 とはいうものの、現にもう来年には待ったなしで始まるのですから、いつまでも不安がってばかりはいられません。ならば、できる限り納得のいく、真っ当な制度にしていくしかなさそうですね。そうなると、次に“僕達はどのような姿勢でこの制度に向き合ったら良いのか?”に焦点が移ります。

 一般人の多くは、刑事司法は「(社会の安全が守れるように)犯罪者に刑罰を加えるためにある」と考えがちです。正直なところ、僕も何となくそんな気分でいました。でも、ここでちょっと待った! 石井さんは、刑事司法の目的は、『憲法』第31条~第40条の精神を受けて、「無罪の推定(判決が出るまでは無罪とみなす)」ということ、「疑わしきは被告人の利益に」ということ、であると強調します。つまり、どんなに疑わしくても絶対的な確信が持てなければ無罪にするのが刑事司法の原則なのだ、と…。この原則については何となく知ってはいても、普通の人は、マスコミの過剰な“容疑者=犯人扱い”の報道に惑わされ、無責任にも一緒になって犯人探しに夢中になっているような気がします。でも、裁判員に選ばれたらこの姿勢のままでは危険です。司法の原則に立ち戻り「疑わしきは被告人の利益に」に立脚すること、このことが絶対に必要であるに違いありません。自分の軽々しい判断で冤罪(えんざい)事件(ぬれぎぬ事件)が生じる可能性が充分あるのですから。

 ところが、現在の刑事裁判では重大事件の有罪率は99%以上だとのこと。とんでもない判決がたくさんあり、絶望的なまでに病的なのだ、と。つまり現行の裁判でも冤罪はかなりあるらしいのです。また、裁判員制度では、法律に疎い僕達国民がそんな裁判官の誘導に押し切られる危険性はかなり強いでしょう。きっと、専門家である裁判官と対等に議論することなど、とてもとても困難であるに相違ありません。更に、裁判には被害者も出廷し意見を述べることができるらしく、裁判員が被害者の感情に流されてしまうこともあるかもしれません。

 それでも、石井さんは、素人である裁判員のほうが裁判官より慎重に対応するだろうし、もし裁判員が「疑わしきは被告人の利益に」に立脚し、普通に持っている常識的な市民感覚で対応できれば、司法のあり方を変えることができるかもしれない、と言います。その意味では、一般人が入ることで、これまでの司法のあり方に風穴を開ける可能性が残されているのかもしれません。

 この日は、裁判員制度の概要、裁判の現実、それに裁判員の心構え、がずいぶん分かったような気がします。石井さんのお話を通して、漸く僕はこの問題の出発点に立つことができたようです。もし裁判員に選ばれたとしても“何とかなるかも!”と。そして、『オアシス武州』に参加してくださった多くの皆さんも、おそらく…。 
             
 (斉藤 悦雄)
by bushu-semi | 2008-09-18 16:32
<< 武州通信第163号(2008・... 武州通信第161号(2008・... >>