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武州ゼミナールからの通信
by bushu-semi


武州通信159号(2008・6/10)

 走り梅雨の5月のまま、もう本格的な梅雨に入ったのかな? 境目がはっきりしないこのもどかしさ。こんな日は、憂鬱を置き去りにして、何かに没頭するにかぎる。 

《ドアチェック》の巻

 「他人に迷惑をかけない」は民主主義のルール。
 武州がマンションに移ってから、ずっとずっと気になっていたことがあった。塾といえば子ども達の出入りが頻繁なのは当たり前(それが無くなったらやっていけませんよね)。だから結構気を使っているつもりでも「迷惑をかけない」のは中々難しい。一方で「子どもは元気が一番!」だし…。引っ越してから1年ほど経ったある日、一通の苦情の手紙が舞い込んだ。“あちゃー”。ちっとも言うことを聞いてくれない生徒に手を焼き、内心ではヒヤヒヤしていた時だったので、“やっやばい”“どうしよう”が駆け巡る。このマンションは普段は本当に静かである。気味悪いくらい生活音が聞こえないのだ。そんな環境では、“室内”での授業の声や談笑が外に漏れるのは仕方ないとしても、“中庭”で生徒達が楽しそうに普通の声で話しているのも、人によっては気になるんだろうな、と不安になる。だから僕は(子ども達の楽しい気分は分かるけれど)早く帰るようにと促す。その功あってか、あれから抗議は届いていない。でも、とりあえずホッとしつつも、日々、結構気遣っているのである。

 さて、先ほどの“ずっと気になっていたこと”というのは、そのこととは別に、ドアの閉まる際の「ガシャーン」という音のことである。日に何人も出入りするのだから、あの音はかなりの騒音に違いない。静かに閉めたつもりでも結構大きな音がする。これは生徒のせいではない。ドアチェックが悪いのだ。ひいては僕が悪いのだ。だから、騒音止めのテープをドアに貼ったり工夫するのだが、それでも一向におさまらない。ドアチェックを仔細に眺めてみても、素人目にはどうにも調節できそうには見えない。パソコンで調節の仕方があるのかどうか調べたが、武州のものはかなり古い型のようで検索に引っかからない。さて困ったぞ。ならばいっそのことドアチェックそのものを新しいのに取り替えようか? こんなことをずいぶん前から考えていた。

 武州の近所にいつもお世話になっている金物屋さんがあった。“あった”と書いたのにはわけがある。この金物屋のおじさん、年齢のためか認知症を患い、昨年ついに“店仕舞い”をしてしまったのだ。先日、そのおじさんにばったり出会い、呼び止めて、“分かるかなぁ”と思いつつ相談してみた。予想通り、僕が誰なのかもすっかり忘れていた。「見てみないと分からないな。行って見てやろうか?」とのことで、ともかく来て頂くことにした。道すがら「私の父は宮大工でね。それで私も大工になったんだ。それから金物屋を始めたってわけ…」などと問わず語りに話し続けるおじさん。武州のドアチェックを下から覗き込みながら「いくら古くても速度調節できないはずはない。きっとあの小さな穴がそれだろうよ。六角ドライバーで少し右に回してみるといい」と…。元気な頃から“出張料も取らずこんな感じで商売になっているのかな?”なんて余計な心配をしたものである。こんな良心的な店がどんどんなくなっていく。

 翌日、半信半疑のなか、ほんの数秒の作業で 見事に“ガシャーン”がなくなった。内心疑っていた僕はそんな自分を恥ずかしく思った。それにしても、認知症になっても昔のことや仕事のことは忘れないものなのか?という驚嘆の念さえ湧いてくる。仮に僕が認知症になったとして「そのwhoはね、関係代名詞なんだよ」なんて説明できるのだろうか? あまり自信はないが、あの金物屋さんの姿を見て、仕事というものの凄さを思った。それとともに、相手の顔は忘れても、他人を思う変わらぬ心に爽やかさすら感じる。

 3年間の胸のつかえが数秒で…。これまでの重苦しい気分は一体何だったんだろう?と思う。あのおじさんのお蔭で「迷惑をかけない」という重荷が僕の肩から“ひとつ”降りた。何度も何度も開けたり閉めたりしながらいろいろなことを考える。生徒は誰一人としてドアの変化に気がついてはいない。 親切な金物屋さんの心に応えるかのようにゆっくり閉まる“素直”なドアを見つめつつ、“へそ曲がり”な僕は、「まったく迷惑をかけない完全な人間なんているわけがない」「できることをするしかないのさ」と独り嘯(うそぶ)いてみる。

 あれから苦情はないけれど、「それでもお宅は迷惑なんだよ」とは百も二百も承知の上で、もうこれ以上は無理です。ご近所様、どうかお目こぼしを!!

 (斉藤 悦雄)                
by bushu-semi | 2008-06-12 14:50
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