武州ゼミナールからの通信
by bushu-semi


武州通信第184号(2010 ・ 10/22)

 “秋まで生き残されている蚊”を「哀蚊(あわれが)」と呼ぶのだそうだ。耳元で何かをささやくように、消え入りそうなその羽音もどこか哀調をおびている。
 夏から秋へ、あらゆる景色が弱々しい光彩にくまどられる季節、それが、何がなし寂しさを誘う僕達日本の秋?

《永遠の「問い」?!》の巻 

 長夜の夢を覚ますように不意に僕の心を驚かす“何者か”がある。それは誰でも感じたことがあり、何も殊更ここで言挙げするほどのものではないのかもしれない。というのも、みんな気になっているのに多くの人は口に出して語ろうとはしないのだから…。

 永遠の問いはこの“何者か”をどう捉えるかにかかっているように見える。そしてそれはその人の暮らしの中から編み出され、人によって微妙に異なっているに違いない。前号で書いた滝谷さんの長男・賢介さんの 「ひとは何のために生きているのか?」 もそのひとつであろう。「生」への思惑はどのような経験を積んできたかに微妙に影響されているように思う。僕の“何者か”は賢介さんの前に顕れたものほど難しいものではない。

 形に影が添う如く「生」の影には「死」がつき纏っている。逆に「死」という影に「生」が象られているようにも見える。『武州通信』第28号でも触れたが、小学1年生の僕に「死」という想念は突如訪れた。それからの僕は一週間ほど毎晩泣き明かし、“人は必ず死なねばならないのだ” “僕の前に広がるこの世界がいつかは消えて無くなってしまうのだ” という避けられない事実におののいていた。母の編み機のジー・ジーという反復音と障子に映る裸電球の薄暗い明かりが僕に「死」のイメージを掻き立てるのだった。学校にいるときや遊んでいるときは普通に生活しているのに、夜が来るのが怖かった。

 中学生になった頃、あるいはそれより少し前だったのかもしれない。僕はどうせ死んでしまうのなら、そして父も母も僕の死をどうすることもできないのなら、「僕はこれからどう生きたらいいのだろう」 とぼんやり考えるようになった。今となって思えば「死」という不毛な問いから「生」という可能な問いへの道筋がうっすらと見え始めたのがこの頃だったように思う。

 とはいえ、「死」への恐怖は大学生になってからも繰り返し繰り返し僕を襲い、苦しめた。眠っていると真っ暗闇のなか、意識はハッキリしているのに、身動きが全くとれず、何とかして電気をつけようとする。でも、もがいても もがいても どうしても動けない。ところが電気はなぜかついているのだ。その明かりはあの裸電球の寂しい薄明かりで、“あぁこれで死んでしまうのか”、と汗をびっしょりかいて目が覚める。そんな金縛り状態が頻繁に訪れた。そして僕は思った、今でも思う。決してバカだともアホだとも思わないが、自殺の報道を耳にすると「何ともったいないことをするんだろう。二度と帰ってこない“ たった一度”の人生なのに…」と。僕はきっとどんなことになっても自殺はしないだろうと思っている。こう言うと、「君は死ぬほどの苦しみを味わったことがないからだ」と反論されるかもしれない。それも否定はしない。

 結婚し、子どもが産まれ、塾を開き、さまざまな子どもや人々に出会い、いつの間にか「死」への想念は後景に退いていった。あの恐ろしい金縛りもなくなった。それに代わって、「一回だけの生、それをどう生きたらよいのか?」 というあの問いが前面に浮上する。「死」は反転し「生」が僕の内面をおおう。これは中学生前後からの「永遠の“問い”」である。お金でもなく、地位や名誉でもなく、人としてどう生きるのか。そんなことを考えていながら僕は今でも小さな失敗を繰り返している。こんなとき、どこでどう迷ってしまったんだろうと考えるのだが、やっぱりすっきりした答えは出てこない。まぁ簡単に答えが出ないのも当然のこと。他ならぬ異なった世界を生きている他人あっての“僕の人生・僕の世界”なのだから。 ― 基本的には善く、時には好く、その結果 概ね良く、そんな軽い人生でいいと僕は思っている。簡単そうなのに、具体的な場面を前にすると、人それぞれのこだわりや感覚の違いがあって、これが思いのほか難しいのだ。

 昼間の授業のとき、このようなことが突然話題に上ることがしばしばある。つい先日も…。しかし、ふと漏れる僕のつぶやきは、受け手のないまま、さ迷い、やがて消え去ってしまうことが多いのだ。でもそれは仕方ないこと。「死」の個人性と同じく、一回だけの生、その意味で「生」もまた孤独で個人的なものなのだ。そして「永遠の“問い”」もその人独自のものに違いないのだ。その人だけの“何者か”に他ならないのだから…。
          
(斉藤 悦雄)
by bushu-semi | 2010-10-26 16:04
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