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武州ゼミナールからの通信
by bushu-semi


武州通信第183号(2010 ・ 9/29)

 前号で「記録に迫る気温の高さのようです」と書いたのですが、この夏はその記録を塗り替え113年間の観測史上最も暑い夏だったとのことです。それにしても「暑さ寒さも彼岸まで」の慣用句の予言的中、7月・8月・9月の暑さを忘れてしまいそうな心地良い季節となりました。

《バクの会のこと》の巻

 子ども心に深く刻み込まれた心的世界はその後の人生に強い影響力をもつものなのかもしれない、そんなことを考えてみた。そして、それはそれぞれ異なっており、決してひとつに束ねることのできないものにちがいない。9月25日の『オアシス武州』で、滝谷美佐保さん・紘一さん御夫妻のお話「『バクの会』で考えてきたこと」を聴いてから、ぼんやりとさまざまなことが浮かんでくる。  (ちなみに『バクの会』というのは、『武州通信』第173号でも書いたように、不登校の子、障害を持った人など、多くの人々の居場所です。)  

 『バクの会』は、滝谷さんのそれ以前の活動から誕生したのですが、長男・賢介さんとの心のやりとりが深く関わっていたと言います。小さい頃から多くの友達と外遊びに明け暮れていた賢介さんは、友達が次々に幼稚園や学校に馴染んでいくなか、学校世界の枠に収まりきれず、深い孤独感に苛まれ、言い知れぬ恐怖感を抱いていたようです。滝谷さんは 「当時、賢介の心の中の深い孤独についてはまるで想像力が働かなかった」 と回顧しています。賢介さんの“問い”の核心は 「ひとは何のために生きているのか?」、 この難問に“答え”はあるのでしょうか? それはともかく、このようにバクの会は滝谷さんにとって自らのお子さんとの葛藤・格闘と切り離せないものであったようです。「バクの子を通して自分の子を知り、自分の子を通してバクの子を知る」、つまり人のためにやってきたというより、振り返ってみれば自分の子のためにでもあった、と。こうして学校が居場所にならない子、つまり不登校の子のための居場所としてバクの会は始まったのです。ところが出会いとは不思議なもので、たまたま通りかかった潔(きよ)ちゃんというダウン症の子が、ある日突然、活動している部屋に入ってきたのです。潔ちゃんは “ 何だか面白そうな所だなぁ”と思って勝手に入ってきたのでしょう。それからは障害を持った子をはじめさまざまな子が入会するようになったとのこと。もちろん、それには賛否両論の意見があったようですが…。でも、そうした紆余曲折を経ていくうちに、バクの会は他の会と違う独自の姿を形作っていったのでしょう。規約や総会もなく、“目の前の子をまるごと良く知っていこう” ということを何より大切にする姿勢。何かをしたいと思ったら言い出しっぺが責任を持ってやること。それにスタッフも会費や交通費を払う(つまり会費を払ってでも関わりたいと思う人がスタッフに…)。これらが強制ではなく自然に形を成していったのですから確かに他に類を見ない会だと言えそうです。

  滝谷さんは、バクの会や自分の子どもと関わって得たもの、それは自分が少しずつ自由になっていけたことだ、と言います。自閉症・アスペルガー症候群、ADHD(注意欠陥多動性障害)、そして不登校、これらのレッテルは、あくまでもその人の一部分にすぎず、何かを感じて何かを発したいという気持ちは皆同じように持っていること、同様に学歴・地位もその人の一部分にすぎず、同じ人間として向き合うことの大切さへの思いが強くなっていったようです。確かに人生は複雑なものですが、複雑な飾りを取っ払ってしまえば結構えらくシンプルなものに違いありません。しかし、そのシンプルなものは隠れていて、直に関わり合っていくしかそれを垣間見るすべはなさそうです。笑っていても心の中は全く異なっていたりします。想像の甕には汲みつくすことのできないもの、それが人の心であり、私達の生きている場なのでしょう。人の心を束ねようとしても、そこに見出すのは結局“空集合”でしかないのかもしれません。人の心はこうすればこうなるというものではない、と滝谷さんは語ります。

 滝谷さんのお話は思いがけない浸透力を備えて響いてきます。バクの会が 何故あんなに自由な空間として成立し得たのか、それが如何に関わった人達の心に命の酸素を供給する場に成り得たのか、が…。

 バクの会を静かに支え・素晴らしい『バク通信』を編集された紘一さんとの婦唱夫随?の『バクの会』は 22年間の幕を閉じましたが、あの自主的で自由な活動は、“ひこばえ”のようにあちこちで引き継がれ芽吹いているようです。素敵なバクの会は衣装を替えてまだまだ続きそうです。そんな気がしてきます。

 ≪「もうすんだとすれば これからなのだ」(まど みちお の詩)≫

(斉藤 悦雄)
by bushu-semi | 2010-10-06 21:16
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