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武州ゼミナールからの通信
by bushu-semi


武州通信第177号(2010 ・ 2/24)

 昨日は都立高校入試の日。“普段の力を出してくれたら大丈夫”なんて言っても、もう終わっちゃいましたね。後は発表を待つばかり。きっと金メダルを取ってくれるでしょう。おいおいオリンピックじゃないんだから…。それはそうと、バンクーバー冬季オリンピックも終盤ですね。

《群生秩序と評価語》の巻

 前号の≪デジタル感覚とアナログ感覚≫を書いてから、妙に何かが胸につかえて仕方がない。一体何だろう この気分。書いた内容自体は間違っていないと思うのだが…。恐らく読んだ人の中にも “でもなぁ?” と一瞬立ち止まった人もいるに違いない。書いた本人が “踏み込み不足” を感じ、立ち往生しているのだから。

 確かに、どんな人間関係にも不可避なグレーゾーンを軽やかに飛び越え、自分勝手な基準で白黒つけてデジタル的に行動されてはたまらない。そのことに間違いはないだろうし、そういう人間が増えているのも恐らく事実に違いない。じゃぁ何がこんなに気にかかるんだろう? それはどうやら現実感覚をかたどる人間関係の質(在り方)に関わっているように思う。

 以前、『武州大学』で「群生秩序」(内藤朝雄『いじめの構造』)をテーマに話し合ったことがある。群生秩序というのは、何人かの人が集まると必ずそこに自生的な「秩序」が生まれ、内部の人々は好むと好まないとに関わらずそれに拘束されざるを得ないもの、と要約できるだろう。小さいものは、友達関係、家族…、大きなものは企業、学校…、いやいや国家や世界の中にも? 選べるものから選びにくいもの、それに選べないものまで、様々な秩序を同時並行的に生きているのが生身の人間の姿なのだ。それらの秩序が、我々を心地良くしたり、息苦しくしたりする、これはとても煩雑で扱いにくいものに違いない。

 そこにもう一つ厄介なことが加わる。これも『武州大学』で取り上げた「評価語」(大庭健『善と悪』)の問題である。僕達は幼い頃から、「誠実」であること「正直」であること、そして他人には「思いやり」を持って接することを両親からそして教師から教わってきた。だから、多くの人はそうありたいと願って生活しているに違いない。そして僕もかくありたいと思う。ところが、ここには避けがたい困難が介在しているのだ。「誠実/不実」「正直/嘘つき」「思いやり/無情」etc.という評価語は無味無臭の抽象語に過ぎないのだから…。

 僕らはしばしば不思議な世界に遭遇する。不祥事を犯した政治家や経営者が深々と頭を下げ国民に陳謝する映像が流れる。確かに彼らは神妙な顔をしているが少しも悪いことをしたと思っていないように映る。むしろ誇らしげにさえ見えるのだ。そこには自らの群生秩序の中で「誠実」に「正直」に「思いやり」を持って生きてきた自負のようなものが垣間見えるのである。これは本人の意識とは別にいつの間にか “暗黒の世界” へ転落してしまった例に違いない。また、いじめている当人達が悪いことをしているとは感じない気分、非行グループが仲間を裏切れない気分、これらも群生秩序の迷路から中々抜けだせない一例であろう。彼らは仲間内では「思いやり」があり「誠実」な、いい奴なのだ。

 それに、“光明な世界” に生きたいと “もがき” ながら、自らの悲劇に至る例も最近では多く耳にするようになった。効率を数値化し利益を最優先する企業秩序の中で「誠実」に「正直」に無理を押して働く社員の姿が眼に浮かぶ。そこには、会社の利益のためばかりでなく、「家族」のためにとか「仲間」への思いやりとかが、自らの命を削る原因にもなりかねない状況がある。家族を思えばこそ辞められない、自分が休めば仲間に迷惑がかかる、それは「誠実」であればあるほど窮地に陥る落し穴に相違ないのだ。ひと昔前のように、「真面目に働けば必ずいいことがある」とは俄かには信じ難い時代なのだ。

 いや、ここで、「不実」たれ、「嘘つき」たれ、「無情」でいい、などと言いたいのではない。ただ、本来なら美徳とされる抽象的評価語が具体的な群生秩序の中で見せる生き場のなさに、悲しみと憤りを感じるだけなのだ。

 妻には「最近の『武州通信』ずいぶん理屈っぽくなっていない?」と笑われるが、前号で「アナログ=寛容(調和的)」、「今でもアナログは幸せへの近道」と書いたことが、ますます僕を理屈の世界に誘導するのである。どうやらデジタル感覚ばかりでなく、アナログ感覚にも“大きな空洞”がぽっかり口を開いているように見える。

 こんなことを考えるとき、明かりの消えた部屋に “たった独り” 取り残されたような、何とも言えない寂しい気分に襲われるのだ。   

 (斉藤 悦雄)
by bushu-semi | 2010-02-24 10:50
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