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武州ゼミナールからの通信
by bushu-semi


武州通信第173号(2009・10/26)

 新型(豚)インフルエンザの大流行で、学校は学級閉鎖や学年閉鎖が相次いでいます。武州の生徒も何人かが…。幸いにも数日の高熱の後、今では元気に通っています。
  つい最近まで半袖姿も目についたのに、このところ一気に秋の深まりを感じます。これからは新型のほかに旧型のインフルエンザの心配も…。そろそろ不安いっぱいの冬がやってきます。 

《自由空間 『バクの会』》の巻

 世に素敵な出会いというものは多々あるものですが、「バクの会」と「武州」との出会いもそのひとつかもしれません。

 「バクの会」(埼玉県所沢市)というのは様々な人、つまり不登校の人、障害を持った人、いやそれに納まらない正に様々な人、の居場所です。僕が「バクの会」の主宰者である滝谷美佐保さん紘一さん御夫妻にお会いしたのは、かれこれ11年前(1998年)のこと。ところが、この間一度もバクの会を訪れたことはありませんでしたし、その後滝谷さんにお会いしたこともありませんでした。では、どうしてこんなに長く関わり続けられたのでしょう? それは、滝谷さんからは「バク通信」と(滝谷さん個人の小冊子)「野の花 空の鳥」が、僕からは「武州通信」が、相互に送られ続けたことによるのです。しかも滝谷さんは、僕の拙い「武州通信」に対して丁寧で心温まる感想をいつも送ってくださるのです。「バク通信」に広がる、“悩み苦しみながら生活している若者”の(ちょっと矛盾するように聞こえるかもしれないけれど)“生き生き”とした世界…、「野の花 空の鳥」に込められた滝谷さんの深い思索の中で発せられる言葉…。その内容をここで具体的に書けないのが残念ですが、僕はいつもその深さに、ある意味で動揺し、自らを省みては自分の足りなさを想い、それにもかかわらずそこに一種の清涼感さえ覚えるのです。信頼できるとはこういうことなのかな?という気分になるのです。そして「バクの会」からは、(武州通信にもしばしば登場した)小野寺汀ちゃん、そして塩田昌世ちゃんが武州生となり巣立ってゆき、今では中原悠介君と頓所岳史君が通っているのです。全く予想もしないことでした。 

 さて、11年ぶりの再会、(ずっとバクの会には参加したいと思ってはいたのですが)それが思わぬ形で実現したのです。こともあろうに、バクの会のイベントの一つである「イブニング・トーク」で、「武州ゼミナールを続けてきて思うこと」というテーマで僕が話すことになったのです。去る10月17日のことでした。その内容は(紙幅の関係上)ここでは書けませんが、聴いてくださった皆さんの温かさが今でも優しく僕を包んでいます。

 初めて訪れ玄関の戸を開けた瞬間、内に広がる自由な空気が僕の前に押し寄せてきて、「やっぱりバクの会はすごいなぁ!」と圧倒されました。そぼ降る雨の街路から隔絶された“自由な空間”、それが僕の第一印象です。話をしている幾組かのグループ、トランプ?をしている若者達、卓球をしている数人の大人、近くの公園でサッカーをしてきて汗を拭いている人、悩み事を話し合っているお母さん、何かを作っている子ども達、etc.…。スタッフの皆さんもとても素敵で、魅力的です。「バク通信」で想像していたとはいえ、実際に来てみると…。街行く人々はその存在にすら気づかず素通りしてしまうのかな? 内の明るさ、外の暗がり。確かにバクの会に集う人々は様々な辛さを抱えているのかもしれません。でもこの対比は一体何だろう。僕には街行く人々のほうが寂しそうで何だか心細そうに見えたのです。外は小雨が降っていたせいもあるのかもしれません。

 そして、僕の目には、「バクの会」は傷ついた小鳥が休息をとり元気を取り戻すための“止まり木”のように見えるのです。止まり木がなければ失速し羽ばたけなくなるでしょう。そこにバクの木が…、傷ついた小鳥達はバクの木で憩い、傷が癒えると、また羽ばたく、そんな姿が思い浮かびます。
 
 ここで自由空間 『バクの会』の魅力について書いてきました。でも、こんな素敵な会にも終わりはあるのです。まことに残念なことに来年の三月でバクの会を閉じることになったのです。本当に多くの人が「終わって欲しくないなぁ!」と思っています。もちろん僕だって…。

 こんなに惜しまれて消えていく会はおそらく少ないでしょう。だから、寂しさは募るけれど、ある意味でとても羨ましくもなるのです。
   
(斉藤 悦雄)

by bushu-semi | 2009-10-28 16:34
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