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武州ゼミナールからの通信
by bushu-semi


武州通信第171号(2009・8/24)

e0049938_1275538.jpg 夜、野川の川縁に腰を下ろす。煙草をくゆらし、水のせせらぎを聞く。心がぐっと落ち着く。
 暗がりの“月見草”が 月に向かって“金の光を分けてくれよ”と背伸びする。昼 金色に輝けるのは、夜 月から光をもらうから? だから“宵待草”って言うのかな? 

《学力低下って本当かなぁ?》の巻

 「生物五輪 日本初の金」という文字が新聞紙上(7月19日「朝日新聞」)に躍る。「世界の高校生らが生物学の知識やセンスを競う第20回国際生物学オリンピック」でのことである。過去最多の56カ国・地域から221人の高校生などが競った中で、日本選手は金メダル1名、銀メダル3名と 参加した全員がメダルを獲得。日本の高校生も中々やるじゃないか? まぁ、こう思うのが普通であろう。

 ところが、である。それにもかかわらず、どうやら日本の子ども達の学力はかなり低下しているらしいのだ。ずいぶん前からマスコミはそう報道し、多くの人がそう語っているのだから…。「でもなぁ、それって本当なのかな?」と僕は疑問に思う。一体、いつのどんな子どもと比較してなのだろう? 僕の実感からするとそんなに低下しているとは、どうしても思えないのである。確かに実感なんて持ち出しても、(僕とは逆に学力低下と感じる人も大勢いるわけで)確たる証拠にはならないのだが…。

 1999年に『分数ができない大学生』(岡部恒治・西村和雄・戸瀬信之・編、東洋経済新報社)が出版され、それ以降“子どもの学力低下問題”が広まった。また、2003年の『PISA(OECD「国際学習到達度調査」)』で国際順位が多少落ちたことがそれに拍車をかけ、2005年には遂に、中山成彬文部科学大臣(当時)の「世界トップクラスの学力の復活を目指す」という発言にまで発展した。 ― こうして、いつの間にやら日本の子どもの学力は低下したことに決定したのである。

 確かに分数もできない大学生の出現は衝撃的なことであろう。しかし、それとて小・中・高校生の学力低下を端的に示しているか、といえば首をひねらざるをえない。だって、そうでしょう? 今では大学(短大も含む)への進学率が56.2%にまで達しており、相当学力の低い高校生も大学へ進学しているのだから…。しかも私大の4割が定員割れし、その大学ではAO入試や自己推薦入試で、かなり低学力の生徒をいとも簡単に合格させているのである。つまり、「分数ができない大学生」の出現は、子ども達の学力低下の問題なのではなく、少子化と大学進学率の上昇、それに大学の経営難に根本原因があるに相違ないのだ。

 また、国際比較を見ても、2003年のPISA(思考力・読解力重視・15歳対象)では多少下がっていても(とは言え、さして有意な低下ではないのだが)、もう一つの国際比較調査であるTIMSS(「国際数学・理科教育動向調査」、基礎力重視・応用力含む、小4・中2対象)の2007年テストではむしろ上がっているものもあるのである。まぁ、こんな曖昧な比較調査に一喜一憂するのは何とも愚かだとは思うが、この調査ひとつを見ても「子ども達の学力低下」という言説が、いかに怪しいものか、が分かるだろう。

 夏休みの授業でのこと。酒井萌衣(もえ)ちゃん(小6)が「学校の分数の宿題まだ半分残っているから今やってもいい?」と言う。塾の予定はあらかた終わっているので、僕も快く「いいよ」と…。半分やってあるとはいえ、残りもずいぶん多い。分数の宿題全部を合わせれば優にノート一冊分にはなるだろう。小学生はまだ純である。宿題はごまかすことなく自力で終わらせなくてはならないのだ。脇目も振らずシャクシャクと計算や文章題に取り組む彼女に、「萌衣ちゃん偉いねぇ!」と思わず声をかけてしまう。そして、最近の子どもの達の心性や行動には大きな変化があるとはいえ、「これが何十年も続いている子ども達の学びの姿なのだ」と思う。恐らく分数のできない小学生は(中・高生も)少ないのではないかと…。

 今後、塾にも通えないという家庭の経済格差による学力低下問題はどうなるかは分からない。しかし、これまで語られてきた学力低下問題には、どうしても疑問を抱かずにはいられないのである。           

(斉藤 悦雄)
by bushu-semi | 2009-08-31 11:47
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