武州ゼミナールからの通信
by bushu-semi


武州通信第169号(2009・6/23)

 何だかムンムンと蒸し暑い。ひとりで冷房を使うには、まだちょっぴり早かろう。だからタオルを首に巻いて「期末試験」対策を…。一学期も余すところあとわずか。 

《SPI試験》の巻

 「こんな勉強何の役に立つの?」「僕には関係ないや!」と、相も変わらず生徒の口から漏れてくる。古文や漢文なんになる? 方程式に三角関数、どんな仕事に役立つの? 古い歴史を知って何か得になるのかな? スイヘイ リーべ ボクノ フネ…、ボクは一体何してるんだろう? どうやら、中学生、更には高校生にもなると、どんな生徒も“自己省察”し始めるようである。自己省察といっても、自分の得意な教科、不得意な教科、それらを前にして将来の自分に役立つか否か「値踏み」しているだけに相違ないのだが…。こんな生徒の“ぼやき”については、ずいぶん前にも何度か書いたことがある。つまりこの手の疑問は、現代の子ども達にとって、どうやら普遍的なテーマになっているようである。

 そして先日も、数人の高校生が森本拓也先生(現・農工大大学院生)との雑談の中で「こんな勉強一生使うことないと思うんだけどなぁ」と…。確かに彼らの気持ちは良く分かる。理系の生徒にとっては文系の勉強は魅力がないし、文系の生徒にとっては理系の勉強はお荷物に違いない。ところが、森本先生の答えは、「いや、“やっておいて良かった”という時がそのうち来るよ」であった。生徒達は「ホントかな?」の気分。「(森本先生は)国立大学だからなのかな?」、まあ、それはそうかもしれないが、どうやらそれだけではないらしい。
 
 ところで、一週間ほど前に、卒業生で現在大学4年生のK君が顔を見せる。「就職ちっとも決まらないよう。どうしよう?」と。そして、「この問題教えてよ」と取り出したのが、『SPI2試験』の問題集であった。SPI試験というのは多くの企業が利用している入社試験である。今では上場企業の多数が使っているという。そのほか中小企業でもずいぶん採用しているらしい。しかも、多くの応募者に対する篩い分け、つまり足切りとして利用しているという(試験そのものは外注企業が行なうことが多いらしいが…)。ということは、これを クリアしなくては就職の糸口すらつかむことができないことになる。このところSPI試験という言葉をずいぶん耳にするようになったのだが、どうやらそれにはこうした事情があったようである。

 K君から見せてもらった問題集には、「言語能力問題(語彙力など)」「非言語能力問題(算数・数学)」「性格適性検査」やその他「クイズ的問題」などがたくさん載っていた。さて、文系大学に通うK君の困惑は? 案の定「非言語能力問題(算数・数学)」であった。ところが内容を見れば、中学の「食塩水問題」や「距離・速度・時間の問題」であったり、高校の「確率」「命題」であったり、さして難しくはないが、それでも中学・高校で一応きちんと学んでいなければ苦戦するだろうものである。
 K君「先生に教われば分かるけれど、自分ひとりでやるとなると無理だよ。もうこれ捨てちゃおっかなぁー?」
 僕  「おいおい、捨てたら就職の出発点にも立てないよ。もっと真剣に取り組んだほうがいいよ。」
 まぁ、こんなやり取りになるのである。今ではどこの大学出身者かは問わない企業が増えているとも聞く。しかし、こんな形で中学・高校での学業の達成度が問われているのかもしれない。食塩水問題なんて“何の役に立つの?” 確かにその通りであろう。でも、企業は「食塩水問題」そのものを問うているのではなく、その人材が中学・高校時代にどんな姿勢で生活してきたのか、つまり、複雑な問題を適切に処理する能力が身についているか、を問うているのではないかと思う。なるほどうまくできている。SPI試験、恐るべし。大学での成果や個性は、SPIで足切りした後、「成績表」や「小論文」「面接」など二次試験で調べれば良いのだから…。  

 最近の就職事情を知っている森本先生の「“やっておいて良かった”という時がそのうち来るよ」という言葉には“こんなことまで含まれていたのかな?”と、思わず頷いてしまう。 
  とはいえ、僕もこうした厳しい現実を生徒にしばしば語ることはあるけれど、現実を知ったら知ったで、子ども達の“やりきれなさ”は更に膨らむばかりかも…!!            

(斉藤 悦雄)
by bushu-semi | 2009-06-26 10:26
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