武州ゼミナールからの通信
by bushu-semi


武州通信第168号(2009・5/24)

 豚インフルエンザが大流行の兆しです。このインフルエンザ、毒性は弱いらしいのですが感染力が抜群とか? 花粉症の季節が過ぎたと思ったら、またまたマスクの出番ですね。

《公太君、その後》の巻

 この3月に一通のメールが届いたのです。懐かしい斎藤公太君(22歳)からです。公太君については『武州通信』第104号に書いたことがありますが、あれからもう6年半も経つんですね。大検(現在の「高卒程度認定試験」)を一回で合格した15歳の少年は、いつの間にやら大学院に通う希望に満ちた22歳の青年になっていたのです。

 (前略)…年賀状で大学院受験のことについてお知らせしましたが、このたび東京大学大学院・人文社会系研究科の基礎文化研究専攻(宗教学・宗教史学専門分野)に合格いたしました。
 小学校の時の不登校から始まり、大検の合格を経て、このような地点に立てたことをうれしく思います。
 もう覚えていらっしゃらないと思いますが、武州ゼミナールに通っていた時に、「公太君は大学院に入るべきだ」と言っていただけたことは、その後もはげみになりました。あの頃に教えていただいた様々なことには、今でも感謝しています。…(後略)

 「大学院に入るべきだ」と語ったということまでは定かには覚えていない。しかし、当時すでに僕はそう思っていたのでしょう。多くの人は、まだ稚(いとけな)い15歳の少年に「大学院へ…」とは “それにしても早過ぎないか?” と思うかもしれません。しかし、当時の彼は自分の関心事には飽くなき探究心があり、そうですね、学者の片鱗とでもいうようなものを持っていたような気がするのです。心理学や思想への関心、若干15歳にして…(いや、僕が出会った12歳の頃にはもう…)。それに大検に合格してから初めて英語を学んだのですが、本当に楽しそうで、多くの中高生を見てきた僕の目には不思議にさえ映ったものです。学校で嫌々ながら学ぶ英語とは全く違う。ふと“学校って何だろう?”と考え込んだものです。
 
 どうやら公太君は武州を去ってからもその姿勢を貫いていたようです。全くの独学でICU(国際基督教大学)に現役合格。その知らせを受けた4年前、驚いたというより思わず納得したものです。「学び」とは「自ら学ぶことである」という当たり前の事実に。もっとも大学ではずいぶん苦労もあったようですが…。彼はその後のメールで次のように語ります。

 (前略)…本当に大変だったのはICUに入ってからでした。ある程度予想していたとはいえ、やはり十数年間学校に行っていなかった人間が、いきなり学生生活を始めるというのは困難なことでした。
 周りは小さい頃から受験競争を経てきた人間ばかりで、自分とは考え方から話し方、日常の一つ一つの所作まで異なるように感じられました。まるで自分が「普通の人間」の輪から外れているかのようで、大学で過ごす時間はひどく苦しいものでした。…しかし、大学で学問を学ぶこと自体は非常に楽しく、それが唯一の救いであったと言えるかもしれません。…(後略)

 なるほど、何となく大変さと葛藤が想像できますね。確かに人との関わりが希薄だった彼には大きな試練だったに相違ありません。試練、それはどんな人生を歩んでも必ずぶつかる巨大な壁です。でも、それとの格闘の中で、人として一回りも二回りも大きくなれるものなのかもしれません。かくして、公太君も大きな試練を経て、素晴らしい大学の先生方や友達にも出会え、家族の応援もあり、念願の大学院への道が切り開かれたようです。おそらくこれからが公太君の本領発揮となることでしょう。もちろん、まだ大変なことはあるとは思いますが、頑張って学問を究めて欲しいと願っています。
 
 『武州通信』第104号にも書きましたが、《人のゆく裏に道あり》ですね。公太君にとって最良の道を通って、やがて人生の追分で人に出会い同じ道を歩む。公太君の22年間の道筋を頭に描くと、人には“人それぞれの道”そして“自分に添った歩き方”があって良いのだと、感慨深い気持ちになるのです。

(斉藤 悦雄)
by bushu-semi | 2009-05-24 16:16
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